定期刊行物新刊書籍書籍一覧電子書籍オンデマンドメールマガジン
トップページ患者さんの手記 > 強制投薬に対する親としての意見

強制投薬に対する親としての意見

著者:エレナ・スレーター 訳者:林 建郎[Schizophrenia Bulletin Vol.12,No.2,1986]
私の娘は妄想型精神分裂症を過去15年間に亘って患ってまいりました。2年ほど前からは彼女は薬物療法をやめ、以前にも経験した事のある妄想と非難の日々に滑り落ちるように逆戻りし始めました。警察には狂気染みた電話をかけ始め、住んでいるアパートの住人に迷惑をかけて立ち退きを迫られていた頃、彼女の婚約者に肉体的な暴力を振い、担当病院区の地域病院に収容されたのです。当初の5日間の観察期間をすぎて再収容委員会のヒアリングが行われた時も彼女は取り乱しており、更に20日間の強制収容が必要でした。

ヒアリングの後で、婚約者と私は精神科医と相談した際、この地域病院では患者に強制投薬を行わないことを知り、ショックを受けました。精神科医は彼女に薬物療法するように説得する、と言うにとどまりました。私の13年間に及ぶ娘の病気との経験からいえば、彼女が混乱している状況でそれを説得させることは不可能ということはわかっておりました。幸運にも強制投薬を約束できるという他の地域病院を知り、そちらに娘を移すことでこの病院と合意いたしました。

自分が愛している人間が、数ヶ月のうちに崩壊し、自らの想像に恐れや不満をいだく、まったく自分の知らない別人になってしまうのを見ているのは辛いものです。娘の婚約者のように、愛する者がその肉体的な暴力の故に収容を余儀なくされるのを経験することは、関係者にとっては深いトラウマを伴うものです。なによりも失望したのは、娘がそのような状況に身を置いても、最終的には彼女にとって必要な救いが得られないことを知ったときでした。

私は私達の経験させられたことに非常に腹をたて、ペンシルバニア州精神衛生委員に対しこの病院の治療方針について質問状を送付しました。この委員の回答には、司法機関により治療のため収容された患者は治療をうけるべきであり、 もし強制投薬に関しての進言に疑義がある場合は、他の医師に相談すべきである、というものでした。彼の委員会では、地域病院の治療方針には介入できない、というのです。

多くの州で強制投薬が行われていないことを知り、私は驚きました。患者や患者の人権団体から訴訟を受けた結果、このような方針になったものと私は推測いたします。多くの家族は、この深刻な問題に不満をもっており、自分の家族の一員が効果的に薬物療法をうけられるように、時として法的措置をとることまで考えてきました。

一般的な方針として、強制投薬を行わないということは、病院側にとっては多くの問題を生じるものと思われます。病院としては、自分や他人を傷つける可能性のある患者と如何に接するべきでしょうか。かってのように監禁状態にしておくことが得策なのでしょうか。大きな施設が必要となるでしょうが、隔離しておくべきか、または治療不可能として患者は地域社会へ戻されてしまうのでしょうか。

私達のサポートグループPAMI(Parents of the Adult Mentally Ill) の活動のひとつに、精神障害児との長年にわたる自分達の経験から得たものをベースに、適切な治療の実現を働きかけることがあります。われわれのすべてとは言いませんが大部分は、理性を以って語りかけてもあまり助けにならないと悟るまでに、随分多くの時間をかけ息子や娘に対し妄想を捨てるように説得をこころみてきました。同様に私達には、精神病患者が理性を失いつつあるときに、薬を飲ませることはどんなに不可能なことかも知っています。問題は知的能力に関わるものではありません。私達の子供達のほとんどが大学教育を受け、そのうちの一部は私の娘のように学士の資格をもっています。問題は病気の性質そのものにあるのです。コロンビア特別区のワシントン市にある セント・エリザベス病院のトリー・フラー医師はこう言っています。

精神分裂症の患者達は脳の病気を患っている。彼等からインフォームド・コンセントは得られない。この立場は慢性の精神分裂症患者の27%だけが 薬物療法の必要性を理解しているという調査結果 により裏??付けられている。

親としてまた私は、薬物療法が完全なものではなく、その副作用がまた苦悩にみちたものとなりうることも知っています。私の娘が薬物療法を再開してから、彼女が足を引きずって歩いたり、無意識に手や口を動かすのをみて心がふさぎました。これらの症状は、時間がたてば通常収まるものですが、彼女は自分が嫌っている体重の増加にも悩まされました。彼女が投薬を嫌う理由は、まず何よりもある意味ではそれが彼女自身強く否定したがっている、自分が精神病患者であることを認めざるを得ない点にあると私は思うのです。

しかし、投薬を行わない場合は事態はさらにひどいものになります。彼女はより被害妄想にとらわれるようになるのです。彼女が、自分を殺そうとしている人がいるとか、私が自殺したがっていることを彼女は知っているとか、悪い人達が彼女を夜眠らせないなどと私に告げるときに、その人生が一体どんなに苦悩に満ちたものであるのか、私には想像することしかできません。彼女の世界が崩壊しつつある時の苦悩が、私には理解できるのです。そして彼女には助けが必要なのです。彼女が気違いになる権利がある、とか彼女や他の精神障害を持つ患者達とともに、自らの命を絶つ、あるいは後々自分が後悔するような行動をとる権利を与えられるべきなどとは私は考えません。

家族のサポートグループなどが、薬物療法の必要性とその副作用との差を縮めるために行ってきた活動に、製薬会社に対してもっと研究に予算と時間を費やして欲しいという趣旨の、投書による嘆願キャンペーンがあります。新しい治療薬のなかには改良のすすんだものもあると聞きます。私達患者の家族の多くは、治療のために入院した病院において精神障害患者に強制投薬があってしかるべきと考えている一方、収容後直ちに患者に対して治療薬の大量投与を行うことは、再考あるいは中止してもらいたいとも希望しています。これは患者に投薬に対する恐怖心を与えがちだからです。以前より減ったと思いますが、治療薬というものは、患者の容態を分析してから投与されてしかるべきでしょう。

私の娘は過去15年間に幾度となく入院を繰り返してきました。そして、彼女に投薬が開始されるまで少なくとも1ヶ月はかかり、投薬と同時に彼女の思考に変化がみられるのです。彼女の考え方と性質は見違えるように変わり、昔の娘を思い起こさせるような、優しい、誠実な彼女に戻るのです。現在審議中の裁定がこの州の強制投薬を中止するようになると、私の娘や多くの患者達が発作を起こした時のことを考え、恐ろしくてなりません。私は欲求不満と苦痛の不毛が娘や彼女同様の境遇にある多くの患者達の「人生」となって欲しくはないのです。
参考文献

Torrey, E. F. Legal and ethical dilemmas and schizophrenia. In : Torrey, E. F. surviving Schizophrenia: A Family Manual. New York: Harper & Row, Publishers, 1983. pp.182-195

筆者について

エレナ・スレーターはピッツバーグ地域でのサポートグループPAMI(成人精神病患者の親の会)の発起人のひとり。UMI(精神衛生連合)の実行委員およびADMIT(ピッツバーグ地域のサポートグループを代表する支援団体)の計画実施会長。


↑このページの先頭へ
本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright©Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved. Seiwa Shoten Co., Ltd.