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星和書店
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うつ病

うつ病

ヴィタリー・レオニードヴィッチ・ミヌートコ 著
下中野大人 訳

A5判 上製 336頁
ISBN978-4-7911-0940-1〔2016〕
本体価格 4,800 円 + 税

本書は、ロシアで最初の私立精神科病院を設立した著者がうつ病とその関連領域を解説した書である。大きな特徴は独自の病跡学的知見にある。文学、絵画、音楽領域における芸術家たちのうつ状態はどのように作品に反映されたか、多くの図版と引用をもって示される。またうつ病の病理や治療について多様な知見と自身のクリニックにおける経験を記載しており、わが国ではあまり知られていないロシアでの精神科医療の一端を知ることができる。



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精神科治療学
本体価格  
2,880
円+税
月刊 精神科治療学 第31巻9号

特集:心理職の国家資格化と精神科医療

公認心理師という国家資格は精神科医療に何をもたらすのだろうか。精神科医療に不可欠な専門職にもかかわらず唯一、国家資格がなかった心理職だが、公認心理師という国家資格ができることで、これまで以上に活躍の場が広がることは間違いない。またこれまで担当していた心理検査や心理療法と保険診療との関係も見直されることになるのだろうか。本特集では精神科医、心理職それぞれの見方で心理職の現状や、期待と同時に責任も大きくなる心理職の国家資格化について簡潔にまとめた。精神科医療の今後を考えるうえで必読の特集。
JANコード:4910156070962

臨床精神薬理
本体価格   
2,900
円+税
月刊 臨床精神薬理 第19巻10号

特集: 多角的な視点で精神科薬物治療を見直す

精神科薬物治療における様々な問題について多角的な視点から考えた特集。統合失調症の疾患ステージ、自動車運転を考慮した薬物療法、身体安全性という視点でのモニタリング、不安と抑うつの併存という視点からの薬物治療戦略、臨床用量依存とベンゾジアゼピン系薬の問題、多剤併用大量投与からの安全な適正化、薬剤師の視点からの向精神薬の適正化について取り上げた。
ISBN:978-4-7911-5228-5

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  今月のコラム

 
今月のコラム
『トラウマセラピー・ケースブック』刊行までの道のり
野呂浩史

私が、トラウマセラピーとよばれる技法にはじめて接したのは、1994年頃である。日本バイオフィードバック学会が札幌で開催され、日本EMDR学会理事長の市井雅哉先生が講義と実習を行った。当時は理論も理解出来ず、市井先生が受講者の前で指を左右に振り、それを全員で練習したのが今でも記憶に残っている。その後、私はトラウマに対する臨床において、患者とラポールを構築したうえで心身と環境の安全を確保し、患者が本来もっている回復力を発揮できる環境を整えることに主眼をおいてきた。2000年代前半の私は、市井雅哉先生からEMDRを、森川綾女先生からはTFTの基礎理論を、当院臨床心理士の荒川和歌子とともに学び少しずつ臨床にとりいれていった。2000年代後半は認知行動療法が広まり、PEやTF-CBT, NETの理論を学んだ。2010年以降は、CPT, STAIR&NSTを学ぶ機会を得た。そして『トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法』刊行を企画したのは2014年春であった。前述した、EMDRにはじめて触れたときからちょうど20年が経過していたのだ。

現在、わが国ではトラウマ焦点化療法を施行できる専門家の数が少なく、十分に普及しているとはいえない状況である。現実的に十数分の外来で精神科医ができ得る精神療法的介入は以下のことであろう。つまり、患者の心の痛みを拝聴し共感し十分なラポールを構築したうえで、患者の心身と環境の安全を確保し、患者が本来もっている回復力を発揮できる環境を整えること、また、リラクセーションの指導なども含めた心理教育と支持的精神療法を施行することである。これらと選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors:SSRI)を中心とした薬物療法との組み合わせが治療の柱になる場合が多い。次の段階として、個々の患者の状況に応じ、積極的な介入法の導入の有無が決定されるのが一般的である。欧米ではPE、EMDRやCPTなどが各国のガイドラインの上位に位置している。しかし、有効性が実証されたエビデンスのある治療が全てではない。トラウマ治療には完璧な方法はない。トラウマが単回性か複雑性か、併存疾患の有無、患者の年齢、パーソナリティ、生育歴、発達歴、支援状況などの幾つもの要因を考慮し、トラウマに対する治療法のどれが有用なのか十分な検討が不可欠である。

主治医およびセラピストは患者の状態、希望と各治療法のメリット、デメリットを勘案したうえで、導入に際しては慎重にならなければならない。実施施設や患者自身の事情で、各療法で望ましいとされる治療構造(セッションの時間や頻度など)通りに実施出来ないことも多い。トラウマ治療に有効であることが分かっているコンポーネントは各療法によって細かな違いはあれども共通している面も多いことから、状況に合わせて折衷的に治療を組み立てることも現実的ではないかと考える。しかし折衷的に治療を組み立てる場合においても、各療法の治療原理をしっかりと理解した上で個々の患者に特に有効なコンポーネントを見立て、治療全体を構造化することが必要であろう。子どもの治療に用いられるTF-CBTやPCIT、トラウマのみならず幅広い疾患を守備範囲とするIPT、独自の理論で身体に働きかけるTFT、SEも魅力的な心理療法である。

私の施設では心理療法として臨床心理士がPE、EMDR、CPT、NETを施行している。以下に、これらの心理療法について私見を述べたい。まず、PEは構造化された治療だが、曝露主体の行動療法および録音を聞く宿題など、患者のモチベーションを維持するのが困難になることが多い。曝露主体のプロトコルを完遂するには患者のみならずセラピストの負担も大きくドロップアウト率も高い。患者自身がPEを強く希望している、あるいは精神状態が安定している状況下でないと侵襲性が高い治療と思われる。一方、EMDRは脱感作があるものの曝露の比重は少ない。侵襲性という観点からみるとPEより安全性は高い印象を持つ。しかし、EMDRを希望する患者はEMDR自体に過度の期待を持ちやすく、被暗示性、セラピストに対する依存性が高い傾向にある。言い換えれば、“曝露の辛さは耐えがたく、セラピストにお任せします” 的な患者が多い印象がある。これらは、昨今のマスコミを通じたEMDRの万能性の強調に起因する現象なのかもしれない。CPTは曝露を含有しつつ認知療法主体でバランスが保たれ侵襲性の少ない治療法といえる。日本での導入は新しい部類にあるので今後のエビデンスに期待したい。CPTの認知療法主体の側面は子どもや洞察の乏しい成人には困難例もある。NETは2016年現在、当院において複雑性トラウマの患者への導入が増えている。根底に強い怒りを有する患者、PEやCPTなどで効果の乏しい患者に対して、低侵襲かつ自己洞察を深めることで効果を認める患者も増えてきた。

トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法』の冒頭には、座談会が掲載されPE、EMDR、CPT、STAIR&NSTについて活発で有意義な議論が紹介されている。トラウマ治療の選択肢を増やすことはトラウマに苦しむ患者の助けになると思う。しかし、各心理療法はそれぞれかなりの違いがあるので、非常に多様性のある介入的な心理療法の中から何が患者にとって最適なのか選択することが難しいのが現状である。従来、トラウマに対するさまざまな心理療法のアプローチを症例提示から学ぶ書籍は残念ながらわが国では存在しなかった。本書では、数あるトラウマに対する心理療法の中でもエビデンスのあるもの、あるいは、海外では普及しているが日本では認知が少ないものを含めて取り上げ、わが国を代表する経験豊富な専門家に症例提示をとおしてわかりやすく解説していただいた。前述したが、トラウマに対する各心理療法は共通点もあれば相違点もある。一つの心理療法が患者に合わなければ他の療法を行う、あるいは複数の療法を折衷するのも悪くはない。セラピストがある心理療法を実施できなければ、遠慮せずに経験豊富な専門家を患者に紹介するのも悪くはない。セラピストは、患者が少しでも良くなる可能性があると確信したら、大いにこういったチャレンジをする勇気を持つことも大事であろう。

2016年4月の診療報酬改定でPTSDに対するPEの保険適用が厚生労働省に認可されたことはひとまず喜ばしい出来事である。しかし、本書を通読されるとPEの有用性と同時に限界も見えてくる。限られた時間とセッション数しか保険適用にはならない。果たして公開されたプロトコルで何人の患者が治癒するのか、検証を待ちたい。日本には、PE以外にも素晴らしいトラウマ心理療法が存在する。本書はそれを示したことは間違いない。次期診療報酬改定では本書に提示したPE以外のトラウマ心理療法のいくつかが追加承認されることを願っている。

本書に記載されている各心理療法は、2016年7月の刊行時点において最新の内容であろう。しかし、数年も経てば各療法のエビデンスも一層蓄積され、マイナーチェンジを経てバージョンアップをしていくのは必然の流れと思われる。また、ICD-11が登場すると疾患概念の変更もありうる。同時に、マインドフルネス的要素を取り入れたよりマイルドな療法などが欧米から日本に導入される可能性もある。各トラウマ心理療法はその善し悪しでもなく、ましてやエビデンスレベルの高低でもなく、ユーザーである患者が数あるトラウマ心理療法から自分に相性が良いものを選択する時代に入ってきたのは間違いない。このような患者の多様な要望に応えるべくセラピストは一層の研鑽が望まれる。本書はこうした患者およびセラピストの要望に応えるべく、数年後には一層バージョンアップして読者の前に現れるであろう。

最後に、ご多忙のなか、症例提示をとおして最新のトラウマ治療の現状を解説するという本書刊行の意義に共感とご理解をいただき、ご執筆いただいた執筆者の先生がたに改めて御礼を申し上げる。

野呂浩史(のろ・ひろし)
杏林大学医学部卒。医学博士。南平岸内科クリニック(札幌市)にて、精神神経科、心療内科を担当。 専門は不安症、解離性障害、トラウマ関連疾患などの心理的評価ならびに包括的治療。
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